2020.03.03

自社ムーブでリニューアル!IWCポルトギーゼ・クロノグラフ|IWCの決断とは

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※この記事はウォッチ買取応援団としてYoutubeにアップした動画、「IWCポルトギーゼ・クロノグラフ|モデルチェンジから見えたブランドの歴史とこれから」の書き起こしです。

皆さん、各時計店のブログ、チェックしていたりするかと思いますが、最近多くの時計店でアップされて気になるモデルってありますか?私は、IWCポルトギーゼクロノグラフの新作。これが気になっております。カッコいいのは分かるんですけど、ほぼ全てのブログで言及されてたのが、『自社製ムーブメントを新たに搭載しました。』とのことでした。

目次

新たに自社製ムーブメントを搭載って、意外に思いませんでしたか?IWCというと、メンテナンスとか品質で評価を得ているブランドのイメージ。ある買取店で伺ったところ、IWCを売りに出す人って少ないらしんですよね。

使いやすくて、汎用的で、メンテナンス費用もそこそこで、正に一生もの。なので、人気モデルであるポルトギーゼのクロノグラフが、『自社製ムーブメントを新たに搭載しました。』っていうのは、え?今なんだ!思ってしまいました。

正直、自社製じゃないってことを知らなかったので、調べてみました。今日はそんな話ですが、IWCの始まりと、2020年のある問題との絡みが見えてきて、興味深いものでした。

IWCの誕生

さて、IWCが自社製ムーブメントではなかった、つまり他社のものをカスタマイズしていたってことなんですが、これはそもそもいつからだったのでしょうか?と見ていくと、これ、実は初めからだったんですよ。

IWCそのものの歴史は、別の記事でまとめていますので、ぜひご覧になってみてください。

大まかなところで、IWCは、スイスが誇る優れたクラフトマンシップと米国の近代的なエンジニアリングの融合を目指して作られ、150年以上続く老舗ブランドです。精巧なエンジニアリング、時代に左右されない個性的なデザイン、そして環境に配慮した素材。

これらを大切にし、現在6つのコレクションを展開しています。今回のムーブメント変更の件を考えるにあたり、話はその創業の時期に戻ります。

IWCが誕生したのは、1868年のスイス・シャフハウゼン。創業者は、フロレンタイン・アリオスト・ジョーンズという人物です。

アメリカからやってきた彼は、時計師であり商人でもありました。スイスでの創業理由は、アメリカ市場に向けた『質の高い時計の量産』。コストを抑えて、質は高く。市場に対し、良いものを安く届けたいというものでした。

それを実現するためには、豊かな自然環境による水力発電と、実践的な時計製造技術が必要でした。そうしてたどり着いた場所が、ライン川の畔、シャフハウゼンという場所。

ちなみに、シャフハウゼン、どこにあるかというと、こちらです。ドイツとの国境付近ですね。

伝統的なスイスウォッチと言えば、ジュネーブやジュラ山脈が有名な地域です。そっちは、フランスとの国境付近に位置し、手作業による芸術的な時計を作るブランドが多い場所。

なので、アメリカからの新参者で、しかも工業的な量産がやりたいとなると、参入が厳しかったのではなかろうかとも思います。ブランドの公式サイトには、このように書かれていますね。

“ スイスのジュネーブ周辺やフランス語圏に位置する渓谷地帯の職人たちは、彼の計画に懐疑的でした。 “

創業期から既存ムーブメントを改良して使用

さて、シャフハウゼンという場所でスタートしたIWC。ライン川の水力発電と、スイスの時計職人の技術を活かし、創業初期から非常に優れた懐中時計を製造することに成功しました。

その後、1915年頃からは懐中時計用のムーブメントに手を加え、腕時計用へと改良。1930年頃から本格的な腕時計作りを開始します。

ここが大事なポイントなんですが、IWCは、いわゆるスイスのマニュファクチュールブランドとは異なり、初めから自社製というものに拘りがなかったんですよね。

 
良い時計を安く届けるには、自社でイチから開発するよりも、既にあるスイス製の優れた機械を改良すればいいじゃないかと。もともと質が良いわけだから、それを改良して製品にすることで、さらに良いものができるし、開発に時間もコストもかからないから、市場に対して安く提供することができるよねと。

そう考えていたんです。今回のピックアップモデルの起源にあたる、初代ポルトギーゼが誕生したのは、1939年ですが、やはりこの時も懐中時計用のムーブメントを改良しての完成となりました。

初代ポルトギーゼとキャリバー7750

こうした既存のムーブメントをカスタマイズして使うという動きは、近年まで続きました。

前作のポルトギーゼ・クロノグラフは、ETAというムーブメントメーカーが作ったものベースに、それをカスタムして使用していました。ベースとしたのはキャリバー7750という有名なムーブメント。例えばタグ・ホイヤーやブライトリングなどでも使用されています。

キャリバー7750の特徴については、ウォッチナビより、ブライトリング技術者の方がインタビューでこう述べています。

“ ETA7750の汎用性の高さは、実績からも明らかです。メンテナンスする技術者の観点からも高い信頼性は明言できます。 “

このETAのキャリバー7750ですが、その前身はバルジュー7750というもの。これは、1973年に完成され、多くのクロノグラフで多用されてきました。

バルジューというのは、ETAと同じくムーブメントのメーカーです。バルジューは、手巻き時代のロレックス・デイトナに採用されるなど、実績のあるメーカーでした。しかし1984年、ETAに吸収合併されています。このバルジューとIWCは、吸収合併以前からのパートナーでした。バルジューからIWCにムーブメントの供給がされていた、ということですね。

この実績があったからこそ、ETAに吸収後もポルトギーゼの新ラインであるクロノグラフにそれを採用したものと思われます。ただし、IWCはそれをそのまま使用せず、かなりのカスタムを施して使用しました。

まず、秒針の位置を9時位置から6時位置に移動。そして、積算計を1つ減らし、12時側にのみ表示。

言葉でいうのは簡単ですが、中の歯車の位置やらサイズやら、さらに地金の削り変えやら。ほとんど原型が残らないほどの、大掛かりな設計変更を要したのではないでしょうか。

手間をかけてでも、その仕様にしたかった理由は、初代ポルトギーゼのデザインを踏襲するため。6時位置の秒針はまさにそれ。そして、デザインのバランスを取るため、対の位置に1つの積算計のみが置かれました。

こうして誕生したのが、前作のポルトギーゼ・クロノグラフです。

これは1998年に発売され、超人気モデルとなりました。自社製ではなく、他社のものをカスタムして使用するというスタイルはこの時代でも変わらずだったんですね。

ムーブメントの改良から開発へ

ところが、2000年代に入り、急展開があります。バルジューの合併先であるETA社。ここがムーブメントの供給量を減らしていき、2020年にはスウォッチグループ以外への供給を完全にストップすると言い出したわけです。

スウォッチグループというのは、オメガやブレゲがいるグループ企業です。ETAもバルジューも、その傘下にいます。で、IWCはというと、リシュモングループですから、また別なんですよね。なので、どうやら2020年以降はムーブメントが手に入らなくなりますよと。

これはIWCにとって、一大事でしょう。何とかムーブメントの安定的な確保を実現しなければなりません。他のムーブメントメーカーを探すか、はたまた自社で製造するのか。

その意思決定にあたり、当時、IWCのCEOであったギュンター・ブリュームライン氏が、興味深い意向を残しています。

ブリュームライン氏は、ポルシェデザインとのコラボや、ダ・ヴィンチの発売などを指揮した人物です。IWC以外でも活躍しており、90年にはドイツの名門ブランド A.ランゲ&ゾーネを復活に導いた人物でもあります。2001年には、リシュモングループ時計部門のCEOに就任しています。

その彼が、ポルトギーゼに対して思っていたこと。それは、時代遅れの懐中時計のムーブメントを一新したいということでした。

ポルトギーゼが発売されたのは1939年。開発のキッカケは、2人のポルトガル商人からの依頼によるものでした。

その依頼内容は、「マリン・クロノメーターに匹敵する精度の腕時計を造って欲しい」というもの。そこでIWCは、当時持っていた懐中時計用のムーブメントの中から、依頼条件に合うものをチョイス。それを腕時計用へと改良し、完成されたのが初代ポルトギーゼです。

以降、一時の中断時期を挟みつつ、現在まで長い歴史を築いていますが、実は1990年代まで、ずっと1950年代に作られた懐中時計用のムーブメントを使用し続けていました。ブリュームライン氏は、これを変えたかったんですね。

90年代に50年代のムーブメントは、名機と言えども古すぎると。技術が進歩した今、わざわざ懐中時計用のムーブメントから作るではなく、初めから腕時計用として作ったムーブメントを使うべきだと。

ブリュームライン氏の理想は、それから20年近く経過し、現在において実現されることとなりました。結果として、タイミング的にETA問題の時期と被ってしまったというのはありますが、ポルトギーゼに対して、おそらくは全てのモデルに対してもだと思いますが、その何年も前に、自社ムーブメント開発の意向があったということが分かります。

かくして、IWCは2016年に、新たな自社製クロノグラフムーブメント69370を発表。ETA社製キャリバー7750からの載せ換えを狙っての開発品でしたが、まず載せられたのは、ポルトギーゼではなくインヂュニアというモデルでした。

新作ポルトギーゼ

その後、2018年にブランド150周年記念で登場したポルトギーゼに積まれたのが、69370の機能を減らした69355というムーブメントです。

そして、2019年12月。いよいよポルトギーゼ・クロノグラフ、レギュラーモデルのモデルチェンジが行われ、記念モデルで使われたものと同じ、69355というムーブメントを搭載した新型が登場しました。

今回の新作モデル、シースルーバックとなっています。この仕様、何と言いますか、自信やプライドを感じませんか?しっかり見てもらう、つまり、美を意識したものですし、将来に向けてもっともっと素晴らしいものを作っていこうという意思を感じませんか?

実際のところ、IWCは自社製ムーブメントに関し、次のような目標を掲げています。

” 2019年の自社製ムーブメント搭載率は47%。それを2020年には、80%にまで引き上げる ” と。これは意欲的な目標ですよね。

まとめ

アフターフォローに定評のあった顧客志向のブランド・IWC。その歴史あるブランドが、いよいよ技術開発に本格的に舵を切りました。その黎明期となるのが、正に今なのですね。

新型はすでに店頭に並んでいると思います。機会があったらシースルーバックからムーブメントを眺め、伝統あるブランドの新しい挑戦に思いを馳せるのも、時計好きにとってはいい休日になるかもしれませんね。